九月後半

9.16

ワクチン接種のからだ撫づ秋の風

街中を揺るるは秋の外来種

金木犀の甘き香マスクの外

デジタルの文字を香るや金木犀

秋麗を貫く鉄骨気高きや

路上のビスケット欠け秋の暮

 

9.17

曇天の向日葵朽ちて揺るるかな

 

9.18

台風去るいつもの場所に男あり

取り残されし庭に枇杷の熟れにけり

 

9.19   (コロナ後、久しぶりに家族に会いにゆく)

一年振りの食卓に松茸あり

多摩川をまどろむひかり秋高し

それはいつかの名月や祖母笑ふ

 

9.20

バイエルの途切れ途切れや秋うらら

イヤホンの静けき昂揚十四夜

 

9.24

秋隣レトルトカレーを半分こ

 

9.28

鰯雲うちの近くを迷ひけり

秋風や水無き池に声もなし

 

思い出ししことなど

あのひとはまぁ、元気そうだしいいとして

このひともまぁ、元気そうだしいいのかな

心配なのは、あのときのあの子

駄目だよと強く禁止され

あの子の欲望はどこへいったのだったっけ

 

表面を削ると、血液がさっと流れる

それに見慣れたあとにまた深く削ると

今度はもっともっと軽く鮮やかな赤が生まれる

軽薄な人がうつくしいと言ったので

私は誰にも見せぬまいと誓ったのであった

うつくしい必要なんてないのだ

ただただ、皆とおんなじ血液の色が良かったのだ。

九月

9.3

秋草やいつもの場所に灯りあり

主なき虚空をまわる扇風機

調律の狂ったピアノ秋あはれ

ねむりのかわりの句作り星月夜

きりぎりす鳴き止むやはらかな不眠

漱石の猫と戯れ夜長かな

アルバムは未完なるもの白き風

 

9.6

秋霖にけぶりて明き焼鳥屋

秋雨やねぎま串待つひそやかさ

焼台の裸電球秋の暮れ

 

9.6

マンションの外壁工事梨の蜜

夏惜しむアフロビートのリズムかな

茄子焼くとろりと酔ひし夫かな

 

9.7

鰯雲ほんとはそれを捨てたかった

 

9.8

道の果てダム湖に揺るる芒かな

行けど行けども追いつけず山笑ふ

 

9.9

短髪の束まとまらず秋暑し

青信号あへて見送る夏木立

日記

今にも夕立が来そうな重い空気の中、タオルケットを買った。素敵なデザインでいて歩きやすいサンダルを買った。春用の布団をコインランドリーで洗濯した。

なんとも生産的ないちにち。(有意義であることを生産的というのか、断捨離を進めることは生産的なのかな?実際に物はなくなっているけど)

布団は立派な洗濯機でごうんごうんと大きな音を立てて1時間かけて洗われた。誰も洗濯物を待っている人はいなかったけど、私はなんとなく本を読みながらその場にい続けてしまった。田辺聖子を読んでいて、「恋愛」ってテーマはなんだか久しぶりだなーと、ふと岡崎京子を思い出す。岡崎京子を恋愛で括るのもおかしな話なのだけど、でも田辺聖子を恋愛で括るのも同じような違和感を覚えるので。

1時間して布団はまるで太陽に干されたような匂いをさせた。夕立が来そうだねと言いながら雨は一粒も降らなかった日。空がむらさきに暮れゆく。

俳句・五月終わり

夕暮れの公園にワインとテイクアウトした焼き鳥を持って、夫とふたりでぼんやり過ごした。青い空が少しずつ、雲のグレーとふうわりとしたピンクに満ちて、そのあとぼんやりと月が出て。まわりが薄墨色に沈む中、月だけが硬質にひかっている。焼き鳥の入ったビニールのさわさわという音、葉っぱがかさそこという音。それだけの中で、ふたりでずっと月を見ていた。ワイン2本分の時間。

 

春の月ワインボトルの空となり

生ぬるき六月風に鉄の月

春の月ワイングラスの無き恋や

風光りて生命赤く点滅す

てのひらをこぼるる都会の麦の秋

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